「僕らはもう、死んでもいい」というフリッパーズ・ギターの思想にどっぷりつかった
とんでもないフレーズを、昨日の朝にふと思いついた。

もっと分かりやすく言うのであれば、夏目漱石の「月が綺麗ですね」に対して
「私死んでもいいわ」という飛躍した回答の、
その飛躍に至るまでのプロセスを理解した上で、言葉にしたというところ。

あれは、「人間はどうせ死ぬのなら、あなたにこの命を捧げたい」ということであって、
「死んでもいい」とはいっても、意味もなく死ぬ訳ではないのだ。

自分らしい言い回しをするならば、
「どうせ死ぬなら、あなたに殺されればいいと思う」
これではただの危険人物だ。

そうそう、自分にぴったりのキャッチフレーズって何だろうと考えていた。
「ただの危険人物」って何だか良い気がしている。個人的には。

しかし、私のことを深く知る人でもこれを理解するに及ぶ人があまりにも少ないのだ。
ならば、もっと「ただの危険人物」らしさをさらけ出していけばいいのか。
否、実質が先であり、後からやってくるはずのキャッチフレーズに自ら近づいてどうするのか。

そんな堂々巡りなここ最近の話。

If we have got to go at all, I’m willing to die for you.