弱き者の日常 (恵比寿のラッシュアワーにて)

恵比寿駅、山手線のホームは、朝の時間のエスカレーターが特に混雑する。
人の行き来が多い割に、エスカレーターがひとつしかないから、それに乗るために左右から人が入り乱れて、うまく折り合いつけながら乗って行く。
車を運転している人であれば、高速道路の合流を想像すれば容易いかもしれない。

こういった人がごった返す時、私のような小柄で、女性で、非攻撃的な見た目となると、合流のはずのところを平気で2、3人が割り込んでくる。
世の中の人は、弱い人、優しい人を感覚的に嗅ぎ分ける。
ラッシュアワーの恵比寿駅で割りこまれるかと思えば、街中で道を尋ねられることもよくあること。

恵比寿駅のエスカレーターで、毎朝、ほぼ毎日、同じ女性が私の前に入り込む。
彼女は杖をついている。歩くことに苦労していることが明らかな見た目だ。
前に入り込む時、決まってこちらに会釈をし、すまなそうにエスカレーターに乗る。

ある日のこと、いつものように2、3人に割り込まれ、杖をついた彼女が前に入り込み、いつものように会釈を交わした時のことだった。
「もたもたしてんじゃねえよ!」
と、中年男性が真後ろで怒鳴り散らす。

いつかは起こるだろうと思っていたアクシデントに、丁度良く剥き出しのカメラの三脚を持っていた。
三脚はアルミ製で、軽量かつ硬質そして最高にグリップが良い。まるで三脚の方から「今だ。殺れ。」とでも言っているようだ。

しかしここで三脚を振りかざしたら、明日から通勤できなくなったら、この女性は誰を頼りに、このエスカレーターに乗るのだろうか。
そんな、勝手な使命感と、都合の良い理由を自分に言い聞かせ、三脚を握り締める。

次の日、彼女はいつも通り、私の前に入り込み、エスカレーターに乗ってくれた。

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2 Comments

  1. ameameagare

    ある日、「やめてください!」と振り絞った声が満員の車内に響いた。
    線路を滑る音と人々の骨が軋む音しか聞こえない車内で、僕は少女に声をかけてあげることが出来なかった。
    また救うことが出来なかった。
    彼女が毎日平和に幸せに暮らせますように、、、

    • nunomurac

      ameameagareさん

      コメントありがとうございます。
      私も、弱い人達が少しでも心穏やかに過ごせるように努められればという思いです。

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